野田聖子の出身と実家・祖父や父親母親は?若い頃の可愛い画像も!




第二次岸田内閣で一番の資産持ちの野田聖子(のだ・せいこ)地方創生担当相。

2億8553万円は、全閣僚の平均額9441万円をダントツに上回っています!

野田聖子議員は、どんなバックボーンをお持ちの方なのか、俄然興味が湧いてきました。

 

そこで今回は、

野田聖子の出身と実家・祖父や父親母親は?若い頃の可愛い画像も!

と題しまして、野田聖子地方創生担当相の出身実家祖父父親母親についてと、若い頃の可愛い画像も探してみました。

みなさんの参考にして頂けると嬉しいです!

ということで、早速記事に移っていきましょう!

 

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野田聖子の出身と実家・祖父や父親母親は?

野田聖子議員の出身と実家

野田聖子議員の出身地は、福岡県北九州市です。

この地は父親の島稔さんの転勤先でして、野田聖子議員はここで生を受けたということです。

一家はその後、東京に引っ越しをします。

野田聖子議員が幼稚園の頃だといいますから、短い九州での生活でしたね。

それ以降はずっと東京暮らしで現在に至ります。

 

さて、野田聖子議員の実家ですが、岐阜県岐阜市にあります。

こちらは、当主が野田卯一(のだ・ういち)さんで、野田聖子議員の祖父に当たる方なのですね。

野田卯一さんとは、経済企画庁長官や行政管理庁長官、建設大臣などを歴任した方で、日本の政治家の重鎮であられた方なのです。

野田聖子議員は、この方の養女になったため、旧姓の島聖子から野田聖子になりました。

ということは、祖父である野田卯一さんが、戸籍上の養父になったというワケです。

 

野田聖子の祖父や父親母親は?

 

前述したように、野田聖子議員の祖父野田卯一(のだ・ういち)さん。

当選9回を重ねた政治家でしたが、1979年の総選挙で落選し、政界を引退します。

祖父引退の11年後に、祖父の地盤とした岐阜県第1区を継承し、野田聖子議員が政界に打って出たわけです。

そして、岐阜県議員に当選となりました。

史上最年少の26歳での当選は、当時話題になりましたよね。

1990年の衆院選では落選しましたが、1993年の衆院選で当選します。

 

 

野田聖子議員の父親である島稔さんは、政治家ではなく「新日本製鉄」に勤めるサラリーマンです。

実は、父親の島稔さんは、大臣を歴任した野田卯一さんの長男として生まれました。

ところが、母親(野田聖子議員の祖母)の実家である島家に跡継ぎがいないため、養子に迎えられ島性を名乗ることになったのです。

 

野田聖子議員の母親は、島弘子さんと言います。

野田聖子議員の家族構成は、父親・母親・野田聖子・弟・妹の五人家族。

野田聖子議員は、三人兄弟の長女。

そのころは、島聖子さんという名前でした。

 

 

父親が養子に入り、野田姓から島姓へ。

そして、娘である野田聖子議員も養女となって、島姓から野田姓に変わったのですね。

なかなか複雑です。。。

 

野田聖子議員の家系図は、華麗なる家系図と呼ばれていて、親戚には有名人がたくさんいる家系のようです。

曾祖父(野田聖子議員の父親)は、関西実業界の実力者だったし、戊辰戦争で天才的な軍才を顕した大村益次郎も、遠い親戚にあたるのだそうです。

 

若い頃の可愛い画像も!

 

26歳(1987年)

26歳当時の野田聖子議員。

岐阜県の県議員になった時の、選挙ポスターだと思われます。

肌が綺麗で、ツヤツヤしていますね。

 

38歳(1998年)

お綺麗ですね。

この頃は、ご自身の不妊治療体験を踏まえて、少子化対策や男女共同参画、夫婦別姓など女性目線からの政策を展開していた時期でもあります。

 

47歳(2007年)

引用元:amazon

こちらは、2007年に発売された著書の表紙です。

画像が加工されていて白すぎる観はありますが、47歳にしては若い!

やっぱり肌が綺麗で、ピン!としています。

 

61歳(2021年)

引用元:野田聖子オフィシャルサイト

こちらは、野田聖子議員のオフィシャルサイトに掲載されている画像です。

若いころと比べても、それほど遜色ないことに驚きます。

元々、美形の方ですものね。

還暦を過ぎてのこの美貌!

国会議員という要職に尽き乍ら、このような美を保っているのはどんな秘訣があるのでしょうね?

 

まとめ

 

今回は、

野田聖子の出身と実家・祖父や父親母親は?若い頃の可愛い画像も!

と題しまして、野田聖子地方創生担当相の出身実家祖父父親母親についてと、若い頃の可愛い画像も探してみました。

みなさんの参考にして頂けると嬉しいです!

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。