尾畠春夫にはファンクラブがある!食生活や体調管理・夢についても!

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山口県周防大島町で行方不明となっていた2歳男児を発見し、

時の人となったのが尾畠春夫さんです。

お料理上手な奥様がいて、息子さんと娘さん5人のお孫さんに恵まれた尾畠さん。

家でのんびり老後を過ごすこともできたでしょう。

ですが、尾畠さんは15歳のときから決めていたんです。

「俺は50年働く。そして、65歳になったらやりたいことをしよう」と。

そしていま、被災地で活動する尾畠さんを見つけると、人が集まってくるのだそうです。

写真撮影にも気さくに応じる尾畠さんのなんてチャーミングな笑顔!

今回は、

尾畠春夫にはファンクラブがある!食生活や体調管理・夢についても!と題しまして、尾畠春夫さんにはファンクラブがあるんです!尾畠さんの食生活や体調管理、これからの夢についても迫ってみたいと思います。

みなさんの参考にして頂けると嬉しいです!

ということで、早速記事に移っていきましょう!

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尾畠春夫にはファンクラブがある!

尾畠さんのプロフィール

名前    尾畠春夫(おばた はるお)

年齢    79

生年月日    1939年

年齢   79~80歳?

出身    大分県安岐町(現・国東市)

身長    161

体重    57kg

 

1939年生まれの尾畠さん。

戦前に生まれ、戦争を経験し、戦後の荒廃や復興とバブルも経験しました。

イモとカボチャばかり食べていた時期もありましたが、良い思い出だそうです。

大分県の国東半島生まれ。

父親は下駄職人でしたが、ちょうど履物がゴムの靴に代わるときで、あまりうまくいかなかった。

そのうえ、妻(尾畠さんの母親)が、41歳で亡くなってしまった。

尾畠さんが小学校5年生のときだそうです。

妻が逝き、子供を残され、商売は上手くいかない。

そんな厳しい現実から目を背けるように、父親は酒におぼれるようになったそうです。

そして尾畠さんは、小学校5年生と言う幼い身で、農家に奉公に出されることになったのです。

 

第二の人生をボランティア活動にささげようと決意したのは、

「いただいた恩をお返しするのは当たり前。それが人の仁義」

とする尾畠さんの信念に基づいているんです。

魚屋をやって、子供を育て、息子は大学に行くこともできた。

それもこれも、お客様のおかげであって、温かく手を差し伸べてくれたからこそ、いまの生活がある。

尾畠さんはそのことに気付き、いただいた恩をお返ししようと決めたのだそうです。

 

そんな尾畑さんのスーパーボランティア振りに感動した方々がたくさんいて、ファンクラブもある!

多くの皆さんが、尾畠さんの生き方に感動して、自分を見つめなおしています。

「かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め」

とは尾畠さんの言葉ですが、心に刻みたいです。

なかなかできるものではありませんが。。。

 

 尾畠春夫の食生活や体調管理・夢についても!

尾畠さんは、以前ははお酒を浴びるように飲む人でした。

しかし、東日本大震災のときに、被災者に戻す「思い出探し隊」の一員として、約500日間ボランティア活動をしたときに、ピタリと辞めたそうです。

被災地の避難所の光景をみて、思うところがあったからです。

避難所ではみんなギューギュー詰めで身動きができないところで暮らしています。

しかし、誰も文句を言わない。

酒なんか飲んでる場合じゃないと思ったのだといいます。

 

尾畠さんの健康の秘訣は、とにかく身体にいいものをたべることです。

具体的には野草です。

野草を茹でて、酢醤油で食べる。

桑の葉、たんぽぽ、オオバコ、ドクダミ、ヨモギ……。

この食生活を40歳のときから続けている尾畑さんは、11年間、保険証を使ったことがないそうです。

これは凄いですね。

尾畠さんが80近い今も健康な秘訣は食生活にありそう。

 

いまの食生活は、被災地に負担をかけることがないよう、パックご飯とインスタントラーメンだそうです。

パックご飯は、温めるとガス代がかかるのでそのまま食べているとか。

おかずは梅干しだけ。

そして、寝るのは車の後部座席にゴザを敷いて寝ているそうです。

これは、被災地のどんな環境でも寝られるように、普段から練習しているのです。

 

被災地では、言動すべてに気をつける必要があります。

赤い服を着ているのも、背中には名前が大きく書いてあるのも理由があります。

被災地では、身元がわかるほうが安心するからです。

よくしゃべります。

黙っていると怖いからです。

赤い服もよくしゃべるのも、すべては安心感をもってもらうため。

このように細かな気遣いの尾畠さんは、やはり、筋金入りのスーパーボランティアなんですね。

 

そんな尾畑さんのこれからの夢は、沖縄で遺骨収集すること。

沖縄にあるガマという洞窟には、相当な数の兵隊さんの遺骨が眠っていると言われています。

その捜索のお手伝いがしたい。

できれば、来年の春にも実現したい。

 

尾畠さんは、花火の中では線香花火が好きだと言います。

小さくても長持ちする、そんな生き方。

決めたことは必ず実行するのが信条の尾畠さん。

昔もいまも変わらないそんな自分を、「案外、面倒な男かも」とジョークを飛ばす尾畠さん。

本当は今年、沖縄に行く予定だったのですが、災害が頻発して断念したそうです。

来年、沖縄にいけるといいですね。

 

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まとめ

今回は、

尾畠春夫にはファンクラブがある!食生活や体調管理・夢についても!と題しまして、尾畠春夫さんにはファンクラブがあるんです!尾畠さんの食生活や体調管理、これからの夢についても迫ってみました。

それでは今回は、ここまでとさせていただきます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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